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「懐かしい」/「意識」

「懐かしい」
という感覚は
意味合い的に

「いい」「すばらしい」ほどではないけれども
プラス的要素の入った言葉だと思う。

「懐かしいね」が共有できる高校の友達は
アートや映画の楽しさを分かち合える人のように
誰にとっても大切な存在。

「懐かしい」って素敵なこと。

だから、あなたが「懐かしいな」といったとき
わたしは少し切なくなったのです。
そこには私にとって未知の
すごくいい思い出があるんだろう。って。

:

あと、最近気がついたこと。

わたしはきっと、いや、ぜったい”意識”が過多だ。
ものすごく反省したりするのは意識が過多なせいだ。

たくさん反省するのはいいことだけど
反省されすぎちゃ、相手が何も言えなくなることもある。

いつかの恋人が「景都には何もいえないよ」
と言っていたのは、きっと私が反省しすぎてしまうからだろう。

なんか今日、急に気がついた。
あんまり色々きにしないくらいがちょうどいい。

こうやってどんどんバランスのいい人間になってくんだ。
きもちよく。きもちよく。
ね。

”意識”は、別に自分にだけ向けられているのではなく
あらゆるところに向いている。
1mmの流行の変化や、友達の家庭環境やその人の心の中。
なぜか社会全体には向かない。
北朝鮮のこととか、NYのこと。
日本の政権のこと。そこまでいくと
遠すぎてちょっと分からない。

もっと身近なことに向けられていて

いろんなことを分析して、いいあてる。
けど、それはね あんまりいい事ではないと思うんだ。
どうしてかというと
間違ってることも多いし、又分析したところで
あまり意味をなさないから。

クリエイティブではない。

もし、私が超ヒマな時代に生まれてたら
思想家になってたかも。

「理解とは誤解の総体である」とか
わけのわからんことを述べていたかもしれない。